遺骨収集、若い世代も
「繰り返さないための活動」
戦没者の遺骨を私たちの手で、日本へ帰還させたい――。「NPO法人JYMA日本青年遺骨収集団」では学生を中心とした若い世代が、かつての戦地に足を運び遺骨収...(続きを読む)
2025年12月25日号

1945年8月の終戦の日から今年で80年…。戦争の記憶を後世につなげるため、
何より今を新しい戦前にしないため、私たちは何ができるのか――。
タウンニュース社は、そんな思いを胸に、様々な切り口で戦争に関わる取材をしています。
「繰り返さないための活動」
戦没者の遺骨を私たちの手で、日本へ帰還させたい――。「NPO法人JYMA日本青年遺骨収集団」では学生を中心とした若い世代が、かつての戦地に足を運び遺骨収...(続きを読む)
2025年12月25日号
兄弟で平和呼び掛け
「戦争の悲惨さ、愚かさを、戦後80年の節目に見つめ直してほしい」。平塚市河内在住の岩崎稔さん(81)は、1937年に厚木市戸田(当時は相川村)から出征し、中国...(続きを読む)
2025年10月17日号
境信子さんが紙芝居制作
小田原市在住の境信子さん(71)が、亡くなった母・石川道子さんの戦争体験を紙芝居にした。動画サイトのユーチューブで、読み聞かせ動画を配信している。...(続きを読む)
2025年10月11日号
太平洋戦争激戦地で平和祈る
太平洋戦争時は日本の占領地で、日米激戦地にもなったパラオ共和国。平和と鎮魂、友好の願いを込め、11年前から現地で桜を生け続けてきたのが藤沢在住の華道家、横井紅...(続きを読む)
2025年9月19日号
平和ポスターで最優秀賞 増田貴臣さん
世界各地で戦争が続き、核兵器使用の危機感も高まっている中、地域の中学生は何を考えているのか。相模原市が毎年実施している平和ポスターコンテストで、昨年度最優秀賞...(続きを読む)
2025年9月18日号
平和大使・青栁さん「今しかない」
核兵器廃絶や平和な世界の実現を目指して活動する神奈川県内の高校生が集めた署名が9月2日、スイス・ジュネーブの国連軍縮本部に届けられた。代表として署名を届けた「...(続きを読む)
2025年9月15日号
戦後80年 平和へのアクション 厚木市山際 潮田春男さん(76)
後世に伝える使命
「父からもっと話を聞いておけばよかった。それが心残り」 2017年から厚木市遺族会の会長を務める潮田春男さん(76)は、そう呟く。...(続きを読む)
2025年8月22日号
新日本婦人の会栄支部
27日から栄公会堂で展示
核廃絶などを訴える新日本婦人の会栄支部は8月27日から29日まで、栄公会堂で「原爆の絵展」を開催する。広島県の基町高校美術部の生徒が被ばく体験者から聞い...(続きを読む)
2025年8月21日号
湘南台在住 加藤雄飛さん(19)
藤沢市の「核兵器廃絶平和都市宣言」に基づき、次世代を担う青少年が広島・長崎に派遣される「平和学習派遣プログラム」。湘南台在住の加藤雄飛さん(19・大学2年生)...(続きを読む)
2025年8月15日号
善行在住 柳川たづ江さん(70)
「ふくちゃん、戦車に突っ込む人を誰か選んで」。「えー」。軽快にやり取りするのは、善行在住の柳川たづ江さんと相方のふくちゃん。腹話術で、日本兵だった柳川さんの父...(続きを読む)
2025年8月15日号
三木忠直の次女、棚沢直子氏
平和希求の思い紙芝居で
太平洋戦争中、横須賀市浦郷町にあった「海軍航空技術廠」では、陸上爆撃機「銀河」や特攻兵器「桜花」などが開発された。これらの設計・開発にあたった海軍技術少佐の三...(続きを読む)
2025年8月15日号
ルソン島生き抜いた民間人
「若い世代に読んでほしい」
中区在住の中村蓉子さん(38)は、大叔母にあたる岡田梅子さんが太平洋戦争末期にフィリピンのルソン島で過ごした日々を記した自費出版本「春菊よ谷のせせらぎよありが...(続きを読む)
2025年8月14日号
28日から戦没者遺品展
戦後80年となる今年、結成70年の節目を迎える八王子市遺族会。戦争の悲惨さと平和の尊さを伝えるため、「戦没者遺品展示会」を6年ぶりに開催する。8月28日...(続きを読む)
2025年8月14日号
湘北退職女性教職員の会
「教え子を再び戦場に送らないために」--。退職した女性教職員で構成される「湘北退職女性教職員の会」の平和小委員会は、相模原市内の小中学生に向けて戦争を語り継ぐ...(続きを読む)
2025年8月7日号
鎌倉市在住 大津定博さん
「私は、被爆2世です」--。そう静かに話すのは、原爆犠牲者の慰霊の場になっている「大船観音寺」(鎌倉市岡本1の5の3)の責任役員を務める、大津定博さん(62・...(続きを読む)
2025年8月1日号
浦賀引揚船 コレラの悲劇語り継ぐ
「祖国の土を踏める」--。一体、どれほどの希望だっただろうか。終戦を告げる玉音放送から数カ月。遠い異国の戦地から故郷への帰還を夢見て船に乗った人々を待っていた...(続きを読む)
2025年8月1日号
相模原地方自治研究センター
1972年、ベトナム戦争中に在日米陸軍相模総合補給廠から戦車を戦地に送る搬出を市民で阻止した「戦車闘争」。相模原地方自治研究センター(武田秀雄理事長)は、この...(続きを読む)
2025年7月31日号
父の思い、一冊に
父親の「声なき声」を一冊の冊子にまとめたのは、込谷れい子さん(75・金森在住)。20年間にわたる母の介護の最中に偶然見つけた父・喜幸さんの戦記。「これは私の責...(続きを読む)
2025年7月31日号
戦没者慰霊碑を守る「明照会」
腰越にある霊光無盡(むじん)塔(腰越戦没者慰霊碑)で定期的な清掃を行うなど戦争の記憶を伝え続ける「明照会」(坂巻克美会長)が8月13日(水)、近年中止が続いて...(続きを読む)
2025年7月18日号
PHAP(パレスチナのハートアートプロジェクト)代表 上條陽子さん
戦禍を憂い、一刻も早い終戦を願いながら『魔の山』を制作する、現代美術家の上條陽子さん(88・南区在住)。パレスチナ支援の画家と呼ばれる彼女の思いとは―。...(続きを読む)
2025年7月17日号
生きている大切さ伝える
「横浜から発信を!」を掲げ、横浜を題材にした作品を演じる「横浜夢座」は、今年1年を通して「横浜夢座 戦後80年平和祈念三部作」を上演している。座長は港北区在住...(続きを読む)
2025年6月26日号
戦後80年 平和への道
小机町在住 木村光義さん(79) 「戦時中のことを語る人が少なくなってきた中、戦争の悲惨さを、戦争を知らない世代に語り継い...(続きを読む)
2025年5月22日号
相澤さんの「聞書ノート」から
今年は1945年8月15日の終戦記念日から数えて満80年を迎える。そんな中、アジア太平洋戦争を経験した人は90歳代の高齢者となり、年々、戦時中の体験談を聞くの...(続きを読む)
2025年5月8日号
戦後80年 戦禍の記憶 特別編 元教員の渡辺さんに聞く
登戸研究所資料館15年
明治大学平和教育登戸研究所資料館(多摩区)は2010年の開館から今年で15周年を迎えた。秘密戦研究施設「旧日本陸軍登戸研究所」の歴史を伝える貴重な施設だが、そ...(続きを読む)
2025年4月25日号
元教員の渡辺さんに聞く
登戸研究所資料館15年
今年で15周年を迎えた明治大学平和教育登戸研究所資料館(多摩区)は、太平洋戦争における日本の加害の史実を伝える貴重な施設だ。1980年代にこの史実を掘り起こし...(続きを読む)
2025年4月16日号
堀之内在住 杉山蔵男さん
「サイパンは良いところだ、あそこへ行けば楽に暮らせる」と父親が聞きつけ、一家で移住したのは杉山蔵男さん(97)が7歳の頃。8人兄弟の5番目だった杉山さんは...(続きを読む)
2025年12月25日号
多摩市永山在住 平原国男さん
山に囲まれた盆地の地方都市・山梨県甲府市生まれの平原国男さん(90)が戦争の恐怖を体験したのは、1945年7月6日の深夜に発生した空襲だった。平原さんに...(続きを読む)
2025年11月6日号
戦後80年 戦禍の記憶【13】 高津区溝口在住 鈴木穆さん(88)
「弾丸は小川に突き刺さった」
未だに時折、悪夢を見るほど、太平洋戦争の記憶は深く脳裏に刻まれている。 1943年に高津国民学校(現・川崎市立高津小学校)に入学。戦局...(続きを読む)
2025年9月26日号
川口町在住 増田禎司さん
「忘れられない出来事がある。あれは、八王子空襲があった後、8月10日くらいのことだった」 そう話すのは、当時第一国民学校(現在の...(続きを読む)
2025年9月25日号
厚木市厚木町 清水悦子さん(90)
「当時の記憶、未だに消えず」
1945年7月4日未明、香川県高松市を襲った大規模な空襲。市街地の約8割が焼失し、1359人が命を落とした。その災禍の中を生き延びたのが、厚木町に住む清水悦子...(続きを読む)
2025年9月19日号
戦後80年 戦禍の記憶【12】 中原区小杉御殿町在住 小林美年子さん(93)
近衛兵の従兄も「負ける」
今もなお聞きたくない歌がある。記憶の奥底にしまい込んだままの歌の名は『海ゆかば』。天皇への忠誠心と死を恐れない覚悟を表した歌詞……。太平洋戦争末期、かっぽう着...(続きを読む)
2025年9月19日号
二宮町在住 西山伊三郎さん
二宮町二宮在住の西山伊三郎さん(95)は、生まれ育った二宮町から遠く離れた台湾の地で戦争を体験。15歳にして、海軍や本土からの情報を台湾の司令部に電報などを使...(続きを読む)
2025年9月19日号
戦後80年 語り継ぐ記憶
あざみ野在住 吉田慶一さん
あざみ野在住の吉田慶一さん(104)は、太平洋戦争で10万人以上のが学生が徴兵されたといわれる学徒出陣を経験した一人。愛国心を謳う周囲の大人たちの中、大学の恩...(続きを読む)
2025年9月18日号
平塚市南金目在住 中村さん
平塚市南金目在住の中村寛志さん(82)は、北朝鮮の港町・興南で生まれた。「カレイやタラがよく獲れる地域で、今でも大好物。5歳の頃に日本に引き揚げてきましたが、...(続きを読む)
2025年9月12日号
戦後80年 戦禍の記憶【11】 麻生区王禅寺西在住 曽武川(そぶかわ) 重春さん(94)
まひした恐怖心
東京都文京区、東京大学赤門の並びの長屋で、5人きょうだいの末っ子として生まれた。10歳のときに真珠湾攻撃が起き、開戦。「いつも日本が勝っていると聞いていたから...(続きを読む)
2025年9月12日号
三ッ沢下町在住 関公子さん(84)
昭和16年、関公子さんは満州で生まれた。日本の敗戦を告げた玉音放送の記憶はない。終戦を迎えたのは、まだ4歳の時だった。しかし、母が着物に使う腰紐にびっしりとお...(続きを読む)
2025年9月11日号
戦後80年 戦禍の記憶【10】川崎区在住 石 日分(ソクイルブン)さん(94)
「ヘイトが戦争招く」
「引っ込み思案で、周りの友だちより10センチほど背が高いのが嫌だった。朝鮮人ということにも劣等感を抱いていた」と子ども時代を振り返る。...(続きを読む)
2025年9月5日号
茅ヶ崎市在住 中野敬子さん
1945年3月10日の東京大空襲では、アメリカ軍の約300機のB―29爆撃機が来襲し、約10万人の命を奪った。当時5歳でその光景を目の当たりにした茅ヶ崎市在住...(続きを読む)
2025年9月5日号
下小山田町在住 宮下靖夫さん
下小山田町に暮らす宮下靖夫さん(96)は、少年時代に戦争を経験した一人だ。前線の兵士を励まし、労うために戦地へ送った自身が書いた手紙(慰問文)のことなど、戦時...(続きを読む)
2025年9月4日号
厚木市鳶尾 松尾守之さん(86)
「恐怖を感じる暇もなかった」
「体験者が少なくなり、そろそろ私の出番かと思って」。1938年、東京都目黒区に生まれた。父の転勤で深川区(現江東区)に移り住んだ3歳半の時、初めての空襲を経験...(続きを読む)
2025年8月29日号
田中忠良さん